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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)4406号 判決

原告

押山志穂

被告

ほか二名

主文

一  被告国は、原告に対し、二一一万二七五五円及びこれに対する昭和六一年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、被告原田運作は、原告に対し、五三八万二〇五一円及びこれに対する昭和五七年八月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、被告同和火災海上保険株式会社は、原告に対し、三二六万九二九六円及びこれに対する昭和五七年八月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告の被告国、同原田運作及び同同和火災海上保険株式会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告と被告国との間に生じたものはこれを三分し、その二を被告国の、その余を原告の各負担とし、原告と被告原田運作との間に生じたものはこれを三分し、その一を被告原田運作の、その余を原告の各負担とし、原告と被告同和火災海上保険株式会社との間に生じたものはこれを五分しその一を被告同和火災海上保険株式会社の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告国は、原告に対し、三三一万二七五五円及びこれに対する昭和六一年四月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、被告同和火災海上保険株式会社(以下「被告同和」という。)及び同原田運作(以下「被告原田」という。)は、原告に対し、各自一七九七万〇三五〇円及びこれに対する昭和五七年八月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告国

(一) 原告の被告国に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

2  被告同和

(一) 原告の被告同和に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、昭和五七年八月二八日午後四時四〇分ころ、福島県相馬市磯部字大洲二九番地先路上(以下「本件事故現場」という。)に停車中の自家用貨物自動車(福島四四り七六九六、以下「加害車」という。)の荷台に乗つていたところ、荷台から路上に落ちて受傷した(以下「本件事故」という。)

2  責任原因

(一) 被告原田の責任

被告原田は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告の後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告国の責任

被告原田は、自賠法三条により本件事故による原告の人身損害を賠償すべき責に任ずる者であるところ、加害車について、昭和五六年八月二八日東京海上火災保険株式会社との間で自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約を締結していたが、右契約に基づく保険期間は昭和五七年八月二八日午前零時をもつて満了しており、本件事故は右保険期間経過後に発生した。

したがつて、被告国は、自賠法七二条一項後段により、政令で定める金額の限度において、原告の後記損害を填補すべき責任がある。

(三) 被告同和の責任

(1) 保険契約の締結

被告原田は、昭和五六年九月四日、被告同和との間で、加害車について、対人賠償保険金額七〇〇〇万円、保険期間昭和五六年九月四日から昭和五七年九月四日までの一年間として、加害車の所有、使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害することにより、被告原田が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を被告同和が填補する旨の対人賠償責任条項を含む自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(2) 被告原田の無資力

原告は、被告原田に対し、本件事故による人身損害につき賠償請求権を有するところ、同被告は、原告に対して右損害賠償を履行するに足りる資力を有しない。

したがつて、被告同和は、民法四二三条一項本文により被告原田に対する右損害賠償請求権に基づき同被告に代位した原告に対し、自賠法七二条一項による填補額を超える損害について、本件保険契約に基づく保険金を支払うべき責任がある。

3  原告の傷害及び治療経過

原告は、本件事故により、急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折の各傷害を負い、昭和五七年八月二八日から同年一〇月一四日までの四八日間仙台市立病院脳神経外科に入院し、同月一五日から昭和五八年九月五日までの間の一三日間同病院において通院治療を受けたが、同月七日外傷性てんかんの後遺障害を残して症状が固定し、それ以降も現在に至るまで、医師の指示に基づき、脳波検査及び服用を継続している抗けいれん剤の受取のため少なくとも月一回の割合で同病院に通院している。

原告の右後遺障害は、これまでにてんかん発作の発現はないものの、脳波上明らかにてんかん性棘波が認められるほか、右大脳半球に軽度の萎縮が認められるものであり、平常時にしばしば頭痛を起こし、また、車酔いが激しく気持ちが悪くなることが多いなどの自覚症状を呈しており、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)の後遺障害等級(以下「自賠障害等級」という。)の九級に該当する。

4  損害 合計二一二八万三一〇五円

(一) 入院付添費(一日三〇〇〇円×四八日間) 一四万四〇〇〇円

(二) 入院雑費(一日七〇〇円×四八日間) 三万三六〇〇円

(三) 通院交通費及び雑費 八万八〇〇〇円

一回二〇〇〇円×四四回(昭和六一年三月末現在の通院回数)

(四) 逸失利益 一五六二万四七五〇円

原告は、症状固定時の年齢が八歳の健康な女児であつたから、本件事故に遭遇しなければ、平均余命の範囲内で満一八歳から満六七歳までの四九年間平均的労働者として就労が可能であつたものと推定されるところ、本件事故により自賠障害等級九級に該当する後遺障害を被り労働能力を三五パーセント喪失した。そこで、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表学歴計・産業計・企業規模計による女子労働者の全年齢平均賃金を一・〇七〇一倍した金額(平均月額一七万六五〇〇円)を基礎とし、新ホフマン方式に従い年五パーセントの割合で中間利息を控除して(係数を二一・〇七七五とする。)原告の逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり、一五六二万四七五〇円(一円未満切捨て)となる。

(計算式)

一七万六五〇〇円×一二×〇・三五×二一・〇七七五×=一五六二万四七五〇円(一円未満切捨て)

(五) 慰藉料 合計六五〇万円

(1) 傷害慰藉料 二〇〇万円

(2) 後遺症慰藉料 四五〇万円

ただし、仮に前項の後遺障害による逸失利益が認められないときは、諸般の事情を考慮し、後遺症慰藉料の金額を、逸失利益の請求額一五六二万四七五〇円及び右後遺症慰藉料請求額四五〇万円の合計額二〇一二万四七五〇円の範囲内で増額すべきである。

(六) 損害の填補 三一〇万七二四五円

原告は、被告国から、自賠法七二条一項後段に基づく後遺障害による損害の填補として三一〇万七二四五円の支払を受けた。

(七) 弁護士費用 二〇〇万円

原告は本件訴訟の提起及び遂行を原告代理人に委任し、その手数料及び報酬として二〇〇万円を支払うことを約束した。

5  結論

よつて、原告は、被告国に対し、政令で定める填補金額六四二万円(傷害分一二〇万円、自賠障害等級九級の後遺障害分五二二万円)から前記既払金三一〇万七二四五円を控除した残額三三一万二七五五円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告同和に対し、前記損害の合計額二一二八万三一〇五円から被告国から受けるべき填補額三三一万二七五五円を控除した残額一七九七万〇三五〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年八月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告原田に対し、前記損害の合計額二一二八万三一〇五円のうちの一部である一七九七万〇三五〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年八月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告国

(一) 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

(二) 同2の(二)(被告国の責任原因)の事実は認める。

(三) 同3(原告の傷害及び治療経過)の事実のうち、原告が、本件事故により、急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折の各傷害を負い、昭和五七年八月二八日から同年一〇月一四日までの四八日間仙台市立病院脳神経外科に入院し、同月一五日から昭和五八年九月五日までの間の一三日間同病院において通院治療を受けたが、同月七日外傷性てんかんの後遺障害を残して症状が固定したこと、原告の右後遺障害は、これまでにてんかん発作の発現はないものの、脳波上明らかにてんかん性棘波が認められるほか、右大脳半球に軽度の萎縮が認められるものであり、自賠障害等級のうち九級に該当することは認めるが、その余の事実は知らない。

(四) 同4(損害)の事実について

(1) (一)(入院付添費)、(二)(入院雑費)及び(三)(通院交通費及び雑費)については知らない。

(2) (四)(逸失利益)のうち、原告が本件事故により自賠障害等級九級に該当する後遺障害を被つたことは認めるが、その余は争う。

(3) (五)(慰謝料)は争う。

(4) (六)(損害の填補)の事実は認める。

(5) (七)(弁護士費用)は知らない。

2  被告同和

(一) 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

(二) 同2の(三)(被告同和の責任原因)の事実のうち、(1)(保険契約の締結)及び(2)(被告原田の無資力)のうち原告が被告原田に対し本件事故による人身損害につき賠償請求権を有することは認めるが、同被告が原告に対して右損害賠償を履行するに足りる資力を有しないことは知らない。

(三) 同3(原告の傷害及び治療経過)の事実のうち、原告が、本件事故による受傷により、昭和五七年八月二八日から同年一〇月一四日までの四八日間仙台市立病院脳神経外科に入院し、同月一五日から昭和五八年九月五日までの間の一三日間同病院において通院治療を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(四) 同4(損害)の事実について

(1) (一)(入院付添費)、(二)(入院雑費)及び(三)(通院交通費及び雑費)については知らない。

(2) (四)(逸失利益)のうち、原告の症状固定時の年齢、自賠障害等級及び労働能力喪失率は不知。その余は争う。

(3) (五)(慰謝料)は争う。

(4) (六)(損害の填補)の事実は認める。

(5) (七)(弁護士費用)のうち、原告が本件訴訟の提起及び遂行を原告代理人に委任したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  被告原田

請求原因1(事故の発生)及び同2の(一)(被告原田の責任原因)の事実はいずれも認める。同3(原告の障害及び治療経過)及び同4(損害)の事実はいずれも知らない。

三  被告らの主張

1  過失相殺(被告国及び被告同和)

本件事故現場は、福島県相馬市磯部地内から磯部漁業協同組合に通ずる市道(以下「本件道路」という。)上である。本件事故現場付近の本件道路は、幅員約一三・七メートルの平坦なアスファルト道路であり、直線状で見通しはよく、その両側には人家が連なつている。

被告原田は、加害車を使用して空地や路上などで青果物等の移動販売を行うことを業としていた者であるところ、昭和五七年八月二八日午後四時ころ、加害車を前記組合前の本件道路上に駐車させ、路上、加害車の荷台及び下げた状態にしてあつた荷台後部のあおりなどの上に野菜や果物の入つた段ボール箱を並べ、付近の主婦や子供など十数人を相手に約三〇分くらい販売を行つた後、路上に置いた商品を加害車に納めて移動準備を終えたが、その際、次の移動先までの距離が近かつたことから、加害車の荷台後部のあおりは下げた状態のままにしておいた。そして、被告原田は、運転席に戻る際、加害車の約二、三メートル後方に原告と小学校三年生くらいの男子二名がいることを発見したが、特に危険な状況は見受けられなかつたため、加害車の発進には支障がないものと判断して運転席に戻り、加害車のエンジンを始動させた。

ところが、原告は、被告原田が運転席に戻り加害車を発車させるまでの間に、加害車の荷台後部のあおりからその荷台に飛び乗り、原告と一緒にいた二人の男子から「危ないから降りろ」と制止されたにもかかわらず、この制止に従うことなく、荷台前方に背を向け、あおりに両手をつけた姿勢でそのまま乗つていた。そして、原告は、加害車が発進して間もなく、その発車地点から約五〇メートルの地点で加害車の荷台から自分で飛び降り、その際、身体が回転して頭から路上に落ち傷害を負つたものである。

原告は、本件事故当時六歳一〇か月であり、既に、運転者に無断で加害車の荷台に乗り込み、かつ、走行中の同車から飛び降りることがいかに危険であるかを十分に認識しうる能力を有していたものであるところ、以上のとおり、原告には、被告原田が加害車の運転席に戻つた隙に加害車の荷台に飛び乗り、周囲の制止も聞かずに不安定な姿勢のまま乗り続けたうえ、加害車が発進した後に自ら飛び降りた過失があり、原告の右過失割合は七〇パーセントを下らないというべきであるから、原告の右重過失を斟酌して原告の損害の七〇パーセントを減額すべきである。

2  損害の填補(被告国)

原告は、被告国から、自賠法七二条一項後段に基づく後遺障害による損害の填補として三一〇万七二四五円の支払を受けたほか、国民健康保険から治療費一八五万一九五〇円の填補として一六九万二九八九円、被告原田から傷害慰藉料として二〇万円の支払を受けた。

3  遅延損害金について(被告国)

仮に、被告国が原告に対して自賠法七二条に基づく填補金支払義務を負担するとしても、右填補金請求権は、私法上の損害賠償請求権とは性質が異なる同法条によつて新たに創設された保障請求権であつて、公法上の権利というべきであり、しかも同法及び関係法令中に右填補金の支払期日及び遅延損害金に関する定めは存在しないから、同法条による填補金について遅延損害金を請求することはできないというべきである。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告国及び同同和の過失相殺の主張はすべて否認する。

本件事故は、被告原田が、加害車の荷台に原告ら数人の子供を乗せたまま加害車を発進進行させたため、原告が荷台から路上に振り落とされて発生したものであるから、被告原田の一方的な過失によるものであり、原告には何らの過失もないというべきである。

2  被告国の損害の填補の主張は認める。

右金額については原告主張の請求金額から控除することを争わない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は、原告と被告らとのいずれの間においても争いがない。また、原告と被告国との間では、同2の(二)(被告国の責任原因)の事実について、原告と被告同和との間では、同2の(三)(被告同和の責任原因)の事実のうち、(1)(保険契約の締結)及び(2)(被告原田の無資力)のうち原告が被告原田に対し本件事故による人身損害につき賠償請求権を有することについて、原告と被告原田との間では、同2の(一)(被告原田の責任原因)の事実についてそれぞれ争いがない。

被告原田本人尋問の結果によれば、同被告は、原告に対して本件事故による人身損害につき損害賠償を履行するに足りる資力を有しないことが認められる。

したがつて、被告原田は、自賠法三条に基づき本件事故により原告らが被つた人身損害について賠償すべき責任があり、被告国は、自賠法七二条一項後段に基づき政令で定める金額の限度において原告の右損害を填補すべき責任があり、被告同和は、民法四二三条一項本文により被告原田に対する右損害賠償請求権に基づき同被告に代位した原告に対し、自賠法七二条一項による填補額を超える損害について、本件保険契約に基づく保険金を支払うべき責任がある。

二  そこで次に、原告の傷害及び治療経過について判断する。

請求原因3(原告の傷害及び治療経過)の事実のうち、原告が、本件事故による受傷により、昭和五七年八月二八日から同年一〇月一四日までの四八日間仙台市立病院脳神経外科に入院し、同月一五日から昭和五八年九月五日までの間の一三日間同病院において通院治療を受けたことは原告と被告国及び被告同和とのいずれの間にも争いがなく、原告が、本件事故により、急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折の各傷害を負い、右各傷害のため、前記経過の入通院を経て昭和五八年九月七日外傷性てんかんの後遺障害を残して症状が固定したこと、原告の右後遺障害は、これまでにてんかん発作の発現はないものの、脳波上明らかにてんかん性棘波が認められるほか、右大脳半球に軽度の萎縮が認められるものであり、自賠障害等級のうち九級に該当することは原告と被告国との間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、原告と被告国及び同同和との間ではいずれも成立に争いがなく、被告原田との間においては弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一号証、原告と被告国及び同同和との間ではいずれも成立に争いがなく、被告原田との間においては原告法定代理人押山和子の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲七号証の一ないし三、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲八号証、原告法定代理人押山和子の尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故により、急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋骨骨折の各傷害を負い、昭和五七年八月二八日から同年一〇月一四日までの四八日間仙台市立病院脳神経外科に入院し、同月一五日から昭和五八年九月五日までの間の一三日間同病院において通院治療を受けたが、同月七日外傷性てんかんの後遺障害を残して症状が固定し、それ以降も現在に至るまで、医師の指示に基づき、年一回の割合で同病院において脳波検査を受けているとともに、毎日三回抗けいれん剤の服用を継続しており、その受取のために月一回の割合で同病院に通院していること、原告の右後遺障害は、これまでにてんかん発作の発現はないものの、脳波検査によつててんかん波の存在が確認されているほか、CTスキヤン上も右大脳半球に軽度の萎縮が認められ、平常時にしばしば頭痛と吐気を起こし、また、車酔いが激しく気持ちが悪くなることが多いなどの自覚症状を呈しており、自賠障害等級のうち九級に該当する旨認定を受けたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

三  進んで、原告の損害について判断する。

1  入院付添費及び雑費 合計一七万七六〇〇円

原告が、本件事故による受傷により、昭和五七年八月二八日から同年一〇月一四日までの四八日間仙台市立病院に入院したことは前記認定のとおりであるところ、前掲甲一号証によれば、本件事故当時の原告の年齢が六歳一〇か月であつたものと認められること(右認定に反する証拠はない。)及び前記認定の原告の傷害の程度などの諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係がある入院付添費及び雑費の金額は一日三七〇〇円を下らないものと認められる。

2  通院交通費及び雑費 合計八万八〇〇〇円

原告が、本件事故による受傷により、昭和五七年一〇月一五日から昭和五八年九月五日までの間の一三日間仙台市立病院において通院治療を受け、それ以降も、医師の指示に基づき、少なくとも月一回の割合で同病院に通院していることは前記認定のとおりであり、口頭弁論終結時までの通院回数は四四回を下らないものと認められるところ、前掲甲一号証によれば、原告の住所が相馬市内にあり通院している仙台市立病院までの距離が相当あるものと認められること(右認定に反する証拠はない。)及び前記原告の年齢などの諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係がある通院交通費及び雑費の金額は一日二〇〇〇円を下らないものと認められる。

3  逸失利益 零円

原告の症状が昭和五八年九月七日外傷性てんかんの後遺障害を残して固定したこと、原告はその後も毎日三回抗けいれん剤の服用を継続しているが、これが効を奏しこれまでにてんかん発作の発現は抑制されていること、脳波検査によつててんかん波の存在が確認されているほか、CTスキヤン上も右大脳半球に軽度の萎縮が認められること、平常時にしばしば頭痛と吐気を起こし、また、車酔いが激しく気持ちが悪くなることが多いなどの自覚症状を呈していることは前記認定のとおりであるところ、前掲甲一及び八号証、原告法定代理人押山和子の尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、仙台市立病院を退院した当時には目の焦点が定まらず物が二重に見えるなどの後遺症状があつたものの、昭和六一年一二月現在では右後遺症状は軽快しつつあること、昭和六二年一月六日原告法定代理人押山和子が原告の脳波検査の結果を聞きに仙台市立病院を訪れた際、原告の治療を担当する医師から、現在のところ原告の経過は良好で神経学的には異常がないが、将来についてはいつどんな発作が起きるか判らないので年一回の脳波検査は続ける必要があること、原告の後遺障害が将来にどのような影響があるか、成人した場合に就労が可能かどうか、就労が可能としても何らかの悪影響があるのかについては、右のような原告の現在の経過にかんがみると診断書は書けない旨を告げられたこと、本件事故後、原告は、事故以前に比べ饒舌になつた傾向が見受けられるものの、他の精神活動においては著しい変化はなく、本を読むなどの日常活動も以前と変わりない程度に可能で、小学校における成績も同学年の生徒と変わるところがないこと、運動能力については、医師から、激しい運動は避け、入浴は誰かと同伴で行い、海やプールに入るときは必ず監視を付ける旨指示されているが、小学校における体操には過激な運動以外は他の生徒と同様に参加していることが認められ、右認定事実を履すに足りる証拠はない。

ところで、原告には右認定のとおりの後遺障害が残存し、このまま症状が変化しなければ、今後の進学・就職に影響を及ぼし、そのために将来服することができる労務の種類が相当程度制約されることも予想される。しかしながら、本件事故当時の原告の年齢、これまでに部分的ながら症状の軽快がみられること及び現在のところ原告の経過は良好で神経学的には異常がないことなどに照らすと、原告の現在の症状が更に改善される可能性もありうること、仮に、現在の症状が持続するとしても、これまでの経過から考えて、抗けいれん剤の服用を継続している限りてんかんの発作が起きることはなく、ほぼ通常人と同様の日常生活を送ることができるものと予測されること、原告のような児童の場合には、今後の教育、訓練により、前記後遺症による制約があるとしても、それに順応する可能性並びに進学及び職業選択の可能性が比較的大きいと考えられることなどを併せ考慮すると、原告の前記後遺障害が、原告が就労可能年齢に達した後においてもなおその労働能力を相当程度失わしめるものとは断じ難く、したがつて、前記認定事実をもつてしては、本件事故により原告が将来の就労による得べかりし利益を喪失したものと推認するに足りないといわざるを得ない。そこで、右事実は、原告に対する慰藉料を算定する際に考慮することとする。

4  慰藉料 合計一二〇〇万円

(一)  傷害慰藉料 二〇〇万円

前記認定の本件事故の態様、原告の受けた傷害の部位・程度、治療経過及び入・通院期間など諸般の事情を併せ考慮すると、原告が本件事故によつて被つた傷害に対する症状固定時までの慰藉料は、二〇〇万円とするのが相当と認められる。

(二)  後遺症慰藉料 一〇〇〇万円

前記認定の原告の後遺障害の内容・程度、とりわけ、原告は、今後とも相当長期間にわたつて脳波検査を受け、薬物を服用し続ける必要性があるうえ、可能性は低いとはいうものの、なおてんかん発作の発現を恐れながら将来とも過ごさなければならないことが予想されることなどの事情を併せ考慮すると、原告が本件事故によつて被つた後遺障害に対する慰藉料は、一〇〇〇万円とするのが相当と認められる。

5  過失相殺

原告と被告国との間では成立に争いがなく、被告同和及び同原田との間においては被告原田本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲二号証、証人佐藤重正の証言により真正に成立したものと認められる甲三号証、原告と被告国との間では成立に争いがなく、被告同和及び同原田との間においては証人佐藤正憲の証言により真正に成立したものと認められる甲四号証、原告との被告国との間では成立に争いがなく、被告同和及び同原田との間においては証人大塚君男の証言により真正に成立したものと認められる甲五号証、成立に争いのない乙一号証、二号証の一ないし三、四号証、五号証、丙一号証及び丙六号証、昭和六一年一〇月八日佐藤均が本件事故現場付近を撮影した写真であることについて争いがない乙三号証、被告原田本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる丙二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙四号証、証人大塚君男、同佐藤正憲、同佐藤重正及び同吾妻春男の各証言並びに原告法定代理人押山和子及び被告原田本人の各尋問の結果(甲三ないし五号証、乙一号証、丙一号証、二号証及び四号証の各記載部分並びに証人吾妻春男、原告法定代理人押山和子及び被告原田本人の各供述部分のうち、以下の認定に反する部分を除く。)を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、通称磯部街道と呼ばれる県道原街―海老―相馬線の福島県相馬市磯部地内から磯部漁業協同組合に通ずる市道(以下「本件道路」という。)上である。

(二)  加害車は、最大積載量一〇〇〇キログラムの普通貨物自動車で、荷台は低床型となつており、荷台後部のあおりを立てた状態では、右あおり上端までの地上高は約九七センチメートルであるが、右あおりを横にして荷台後部を開いた状態では、右あおり及び荷台の床までの地上高は約六二センチメートルとなる。荷台の天井、前後左右の側面には幌が取り付けられているが、本件事故当時は後面及び左右側面の幌は上部にまで巻き上げられていた。

(三)  被告原田は、加害車を利用して野菜や果物の移動販売を行うことを業としていた者であり、本件事故現場付近にも、本件事故の三年前から、およそ一週間に一回の割合で移動販売に訪れていた。

ところで、被告原田は、本件事故当日の昭和五七年八月二八日午後三時三〇分ころ、加害車を前記組合前の本件道路上に駐車させ、加害車の荷台や開けた状態にした荷台後部のあおりなどの上に商品の入つた段ボール箱を並べ、付近の主婦や子供など数人を相手に移動販売を始めた。その際、いつものとおり、ほうびの果物を目当てに集まつてきた原告を含む男女数人の小学生を加害車の荷台に上げ、商品の入つた段ボール箱の移動などを手伝わせた。

被告原田は、約五〇分ほど販売を続けた後、商品を荷台の奥に納め、荷台後部のあおりを開けた状態のまま時速約二五キロメートル程度の速度で次の移動先へ向かつたのであるが、右発進に際し、荷台後部の子供達の乗車の有無を確認しなかつた。

(四)  原告は、本件事故以前から加害車の周囲で他の小学生らと共に被告原田の作業を手伝つてはほうびに果物をもらつていたことから、本件事故当日も、被告原田が加害車を前記場所に駐車して移動販売を始めるや、他の小学生らと共に加害車の周囲に集まり、商品の入つた段ボール箱の移動や荷台内部の掃き掃除などの作業を手伝い、その間何度も開いた状態になつていた後部のあおりから加害車の荷台を登り降りしていた。

やがて、被告原田の販売作業が終わり、次の販売地点への移動準備が整つたが、被告原田が運転席に戻り、売上金の集計のためしばらくの間出発しなかつたことから、原告は、一旦加害車から降りて他の小学生らと一緒に加害車の周辺で遊んでいたのであるが、開いた状態のままになつていた後部あおりから再び加害車の荷台に乗り込んだ。その際、原告は、加害車の発進を察知した二、三年年長の小学生から乗車を制止されたにもかかわらず、あえて乗り込んだものである。

ところが、被告原田が、突然加害車を発進させたため、驚愕した原告は、荷台上から飛び降りようとしてバランスを崩し、頭から路上に落ち、前記傷害を負うに至つた。

以上の事実が認められ、右認定に反する前掲甲三ないし五号証、乙一号証、丙一号証、二号証及び四号証の各記載部分並びに証人吾妻春男、原告法定代理人押山和子及び被告原田本人の各供述部分は、前掲の他の各証拠に照らして信用するに足りず、他に右認定事実を左右するに足りる証拠はない。

そこで、右事実に徴して判断するに、前記販売中子供らが自由に加害車の荷台に乗降していた経緯に加えて、加害車の荷台は低床式になつているため、後部のあおりを開くと、小学校の低学年の生徒でも一人で荷台の上に上がることが可能であり、子供らにとつていわば誘惑的な状況にあつたことからすると、子供らが発車前に再度荷台に乗り込み転落等の事故の発生することが十分予測し得たというべきであるから、被告原田は、加害車を発進させる際には、少なくとも子供らが荷台に乗車していないかどうかを確認したうえで発進すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、突然加害車を発進させた過失により、本件事故を発生させたものというべきである。

他方、原告は、前記認定のとおり、本件事故当時六歳一〇か月であり、既に事理を弁識するに足りる能力を有していたというべきところ、前記認定のとおり、被告原田が加害車の運転席に戻つた間に周囲の制止にもかかわらず加害車の荷台に上がり、加害車が発進したことに狼狽して走行中の車両から飛び降りたというものであつて、原告にも、本件事故の発生に寄与した過失があるというべきである。

そこで、前記認定事実に基づいて、本件事故発生についての双方の過失割合を判断すれば、被告原田が七割、原告が三割とするのが相当である。

右によれば、原告の前記損害賠償請求権の全額一二二六万五六〇〇円(うち、傷害による損害二二六万五六〇〇円、後遺障害による損害一〇〇〇万円)から、右認定の過失割合に従い三割を減額すると、八五八万五九二〇円(うち、傷害による損害一五八万五九二〇円、後遺障害による損害七〇〇万円)となる。

6  損害の填補

原告が被告国から自賠法七二条一項後段に基づく後遺障害による損害の填補として三一〇万七二四五円の支払を受けたことは原告と被告国及び同同和との間で争いがなく、被告原田との間では前掲乙四号証及び弁論の全趣旨によつて認められる。また、原告が、国民健康保険から治療費一八五万一九五〇円の填補として一六九万二九八九円、被告原田から傷害慰藉料として二〇万円の支払を受け、右金額を原告主張の請求金額から控除すべきことは原告の自認するところである。

ところで、原告が主張する損害の費目には右治療費は含まれていないから、原告が、国民健康保険から支払を受けた治療費一六九万二九八九円については、その全額を原告主張の請求金額から控除することは相当ではなく、治療費の総額一八五万一九五〇円から前記認定の過失割合に従い三割を減額した金額一二九万六三六五円を超える部分に限り他の損害に充当されるものと解するのが相当である。

したがつて、原告の残損害額は、前記総損害額八五八万五九二〇円(うち、傷害による損害一五八万五九二〇円、後遺障害による損害七〇〇万円)から、治療費の過払分三九万六六二四円、傷害慰藉料二〇万円及び後遺障害による損害の填補三一〇万七二四五円を控除した四八八万二〇五一円(うち、傷害による損害九八万九二九六円、後遺障害による損害三八九万二七五五円)となる。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟の提起及び遂行を原告訴訟代理人に委任し、右代理人に対して相当額の費用の負担を約したことが認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額その他諸般の事情に照らすと、弁護士費用として被告原田に損害賠償を求めうる額は五〇万円と認めるのが相当である。

8  被告国に対する損害金請求について

被告国は、自賠法七二条に基づく填補金請求権は、同法条によつて新たに創設された保障請求権であつて公法上の権利というべきであり、しかも同法及び関係法令中に右填補金の支払期日及び遅延損害金に関する定めは存在しないから、同法条による填補金につき遅延損害金を請求することはできないと主張する。

思うに、右主張の前提には、公法上の金銭債権には民法の規定は適用されないとする考え方が存するものと理解されるが、しかし、国に対する右填補金請求権がたとえ公法上の金銭債権であるとしても、ただそれだけの理由で直ちに右債権には民法の支払期日及び遅延損害金に関する規定が適用されないと解するのは相当でない。むしろ、国を当事者とする金銭債権について、会計法が、三〇条ないし三二条の規定において時効について民法の特則を定め、他の事項について触れるところがないのは、公法上の金銭債権であつても、時効以外の点については、その金銭債権の性質がこれを許さないと解される場合でない限り、原則として民法の規定を準用する法意に出たものと解するのが相当である。

そして、民法四一九条が金銭債務の不履行についてその要件と効果に特則を設けたのは、現代社会における金銭の経済的作用と融通性を考慮し、債権者が履行期において金銭債務の弁済を受けてこれを運用した場合に得られるであろう利益を画一的に擬制し、債務者をしてこれを債権者に賠償させる趣旨であると理解されるところ、自賠法七二条の定める国の填補金支払義務について、自賠法及び関係法令中に右のような民法四一九条の規定の趣旨を排除するものと解される規定は存在しないから、自賠法七二条に基づく国の填補金支払義務は、私法上の金銭債権に準じ、その支払期日について別段の規定が存在しない以上期限の定めのない債務として成立し、民法四一二条三項により請求を受けたときから遅滞に陥り、同法四一九条により遅延損害金が発生するものと解するのが相当である。

ところで、本件事故(昭和五七年八月二八日)当時の政令で定める自賠法七二条一項による填補金額は、傷害による損害につき一二〇万円、自賠障害等級九級の後遺障害による損害につき五二二万円であつたことは公知の事実であるところ、原告が、国民健康保険から治療費として一六九万二九八九円、被告原田から傷害慰藉料として二〇万円の支払を受けたことは前記認定のとおりであり、右事実によれば、原告は、傷害による損害について既に政令で定める傷害による損害の填補金額一二〇万円を超える損害の填補を国民健康保険及び被告原田から受けていることになるから、自賠法七三条により、傷害による損害に該当すると認められる入院付添費及び雑費、通院交通費及び雑費並びに傷害慰藉料については、被告国に対する損害の填補請求は認められないことになる。

したがつて、原告が、被告国に対して損害の填補を請求できる金額は、後遺障害による損害の残額三八九万二七五五円の範囲内であり、政令で定める自賠障害等級九級の後遺障害による損害の填補金額五二二万円から後遺障害による損害の填補として既に支払われた三一〇万七二四五円を控除した二一一万二七五五円となる。

したがつて、被告国は、原告に対し、右二一一万二七五五円に対する記録上明らかな本訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

9  被告同和に対する保険金請求について

以上のとおり、被告原田は、原告に対して五三八万二〇五一円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年八月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるところ、原告は、被告同和に対しては、原告の残損害額から被告国から受けるべき填補額を超える部分について保険金の請求をしていることが明らかであるから、被告同和は、原告に対して原告の残損害額五三八万二〇五一円から被告国から受けるべき填補額二一一万二七五五円を控除した三二六万九二九六円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年八月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告国に対し、二一一万二七五五円及びこれに対する昭和六一年四月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告原田に対し、五三八万二〇五一円及びこれに対する昭和五七年八月二八日から支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払を、被告同和に対し、三二六万九二九六円及びこれに対する昭和五七年八月二八日から支払ずみまで前同様の遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し、被告らに対するその余の請求は理由がないのでいずれもこれを棄却することとし、被告国の仮執行免脱宣言の申立については相当でないからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 藤村啓 潮見直之)

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